2011年 04月 05日

田代島猫景色(続編 20) 今できること

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この国で今多くの人々が、今自分にできることをしたい、と願っています。
少しでも被災地の人々のためにできることしたい。
少しでも困難を分かち合い、希望が見える明日につなげたい。
素晴らしいことです。

同時に、そう思っている人々の中に漠然とした不安感や虚脱感に悩み、どうしてよいかわからず動きが取れない人々も多くいます。
無理もありません。

大きな災害の危機がゼロになったわけではありません。いつどこで起こるかは誰にも分かりません。
そんなことがもし自分の身に起きた場合、自分はどうすればよいのか。
自分を、家族を守るために何をすればよいのか。
今準備できているのか。何を準備すればよいのか。
自分自身の危機への不安を感じながら、でも今危機に直面している人々のために何かしなければならない、何かをしたい。でも自分の準備もできていないかもしれないのに、何をすればいいのか。
募金や物資など小さなことをやってみても、それで十分なのかは分からない。
それで自分の不安が解消されるわけでもなく、何をすればよいのか誰かが明確に説明できるわけでもない。

この大きな出来事のショックから受けた自分でも気がつかない感情の蓄積、そして自分自身にも同様の危機が起こりえるという不安、何かしなければならないと思いつつ何をして良いかわからないという焦燥感、災害に関する様々な情報や漠然とした不安感に圧倒され、無力感や虚脱感を感じている人は多くいるのではないかと思います。心の優しい人ほど、メンタルな状態がシンクロして動きが取れなくなっていくのだと思います。
一体何ができるのか。

naochago は、まず第一には生活すること、だと思います。
被災地では、生活することすら困難な人々が大勢います。自分の感情を表すことすら許されない状況に置かれている人々が大勢います。その方々の力になれるためにも、生活ができる所にいる僕らは、しっかりと生活をすることだと思います。
生活をするとは、普段通りに食べ、飲み、働き、語り、家族と共に時間を過ごし、遊び、笑い、怒り、泣き、そして愛すことです。
不安があれば不安を語り、悲しみがあれば泣き、憤りがあれば怒り、自分の中にたまっていく様々な感情を普段通りにはき出し、寝て、そしてまた普段通りの朝を迎えることです。

naochago は、田代島のことを毎日考えます。猫たちは大丈夫だっただろうか。今どうしているだろうか。島のみなさんはどう暮らしているだろうか。
考えれば考えるほど、そして思い浮かべれば思い浮かべるほど、島の漁師さん、おかみさん、みんな淡々と同じ生活をしているだろうなぁ、と思います。
もちろん、電気や水道、ガスも不自由なのでいつも通りの生活というわけにはいきません。でも、船を修理し、港を片付け、漁具を治し、淡々と毎日を送っているだろうなぁ、と思います。
引退した漁師さんで、毎日堤防で釣りをするじいさんがいます。毎日ひがな一日、ずっと堤防で釣りをして、夕方になると小さな手押し車にバケツを載せ「ばあさんと2匹あればいいから」といって釣ったサカナを猫たちにぽんぽん放り投げながらゆっくりあるいて帰って行くじいさんです。
やっぱり今日もきっと釣りをしているだろなぁ。きっと「ほれ、船がやられて漁に出られないから、ねごたちにいつもよりたくさん釣んなきゃなんねぇ」と言いながら。
さまざまな感情を持ちながら、この先のことの不安も感じながら、でもきっと島の人たちはそんな風に猫たちと一緒に毎日を送っているのだろうなぁ、と思います。

東北地方の風土と暮らしをこよなく愛した宮沢賢治は「雨にも負けず 風にも負けず」と詠いました。
いまできること。naochago は、まず第一には生活すること、だと思います。
まずはしっかりと自分の生活をすること。
毎日朝を迎え、食べ、飲み、働き、語り、遊び、笑い、怒り、泣き、愛し、寝て、また次の朝を迎える。
無力感や虚脱感に圧倒されることなく、自分の心を被災地に直接シンクロさせず、まず自分の生活をすること。
そうしながら自分の心に浮かんだ次のことに、淡々と取り組んでいきます。
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「災害時の愛玩動物同伴可能の避難所の確保と増加及び、
 愛玩動物入居可能の仮設住宅の確保と増加と建設を求める署名」
にぜひご協力ください。
署名はこちらからです。


by naochago | 2011-04-05 04:01 | 田代島猫景色 続編 | Comments(3)
Commented by じゃじゃまる at 2011-04-08 17:33 x
naochagoさんがこれを書かれたこの日、朝刊にも賢治先生の詩が載っていました。
賢治先生も昭和三陸地震で被災されましたが、この詩は
それよりも前に病床で書かれた詩のようです。
それなのに今のこの現状に静かに寄り添い支えとなる
力強い詩ですよね。

あの日の塗炭の苦しみの現状を見てからの我が家は、naochagoさんが
書かれたように「普通に生活をする」が合言葉になり、呪文になり
それが祈りとなっています。
「普通に暮らす」ということを言葉にしなければならないほど
あの惨事は、人も動物たちも苦しいし悲しい。
被災された方々との距離感は、埋まらないけれどだからこそ
普通に暮らす。

空を見上げ 風に吹かれ 星を見て 月を眺めます。
明日がきます。
賢治先生の詩を胸で詠みます。

naochagoさん この日に賢治先生の詩を思い起しました。
ありがとうございました。
Commented by naochago at 2011-04-10 15:35
コメントありがとうございます。
東京に住んでいる僕の身の回りに、無力感と虚脱感でシュンとしている
人々が結構いるのが気になっています。
無理もないんですよね。
naochago は東京湾岸の埋め立て地のマンション8階に住んでいます。
液状化の被害はゼロでしたが、20メートルの津波がきたら僕の部屋の
下の階より低いところはすべて水の下になります。30メートルだったら
僕の部屋も水の中でしょう。
想像を絶する光景ですが、その想像を絶する光景が現実になった様を
目の当たりにしているのですから。無言の脅迫を受けているようなものです。
そのことを意識して自分の在り方を取り戻さないと、不安と無力感に
圧倒されて動きが取れない状態が続いてしまうと思います。
人間所詮自分にできること以上のことはできないし、自分の生き様以外の
生き方もできません。でもそのことに罪悪感を感じる必要はないはず。
だれもがスーパーヒーローになるわけではないし、スーパーヒーローは
スーパーヒーローにならない人たちのサポートを必要としているわけですから。
Commented by naochago at 2011-04-10 15:36
(続き)

自然の中にいて、自然と共に暮らし、不安を持ち、おろおろと泣き、
それでもささやかな自分の在り方に希望と意志を持ち、
雨が降っても風が吹いても毎日自分の生活をして自分がやることをやっていく。
無名の多数でありつつ、素晴らしく力強い生き方を宮沢賢治は詠い
その通りの人々を毎日感じています。
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